バルト三国はEUの東南アジア?福貿会北欧経済ミッション報告

福岡貿易会では、3月にはフィンエアー就航を記念したシンポジウムを盛会裡に開催したが、今回はこの便を実際に利用し、今後の国際ビジネスの振興に繋げるべく9月14日(水)から9月23日(金)にかけて、北欧を中心にした経済視察団を組んだ。その様子を簡単にお伝えしたい。

〇旅から始まるビジネス

さて、“経済視察団”とは何だろう。まあ旅行であることは間違い無い。もちろん単なる観光旅行ではないわけだが、実は観光と言うのは海外ビジネスの基本である貿易に直結する重要な営みなのだ。古来人間は未開の地を旅し、会ったことの無い人種や、見たことの無い食料・香辛料、貴金属などと出会い、自分の土地で取れるものと、余所の島で見つけたものを物々交換していた。たぶん。そして今や、世界は飛行機で結ばれ、物は貨物船で運ばれ、情報や金銭は電波や光ケーブルで一瞬にして世界中に行き渡るようになった。しかし、未だにその土地々々に固有の人々が住み言葉をしゃべり、独特の食事をとり、家屋に住み、歌を歌い、酒を飲み交わす。それぞれの文化があり、生活がある。「福島第一原発観光地化計画」を唱える評論家の東浩紀は、その著書「弱いつながり」の中で世界中誰でもどこへでも簡単に行ける現代だからこそ、軽い気持ちで余所の地を訪れる“観光”の重要性を説く。人は様々な目的で旅行に行く。そして、そこで過ごした全く異なる“環境”やそこに暮らし働く人々から聞く生の“ことば”そして見たことの無い景色や物と出合うことで、交流が始まり、商機を見いだし、新たなビジネスへと繫がる。かけがえのない旅の経験とそこで過ごした時間は、思考や思想に影響を与え,ビジネスはもちろん人生までも変えることがあるのだ。いやそもそも人は移動≒旅しなければビジネスどころか何の発見も出来ず、文明も生まれなかっただろう。だからこの旅には、そんなきっかけになる多くの環境、場所や人との出会い、食べ物や飲み物、そして現地でのみ可能となる圧倒的な体験と、それらを補完するレクチャー等の情報を準備した。

○タリン・エストニアでは、中世と最先端が同居していた。

タリンの商工会議所でのプレゼン&意見交換会

タリンの商工会議所でのプレゼン&意見交換会

さて、前置きがとても長くなったが、我々はまずフィンエアーの拠点ヘルシンキに飛ぶのだが、福岡直行便のフィンエアーは一言で言って“チョー楽ちん”である。これでヨーロッパの主要都市に最短の乗り継ぎで行けるなんて最高。エストニアのタリン行きは結構小さな飛行機だが飛行時間数十分と楽勝だ。エストニアからは、以前The Estonian Intellectual Property and Technology Transfer Center から多くのゲストが来福し、福岡で歓迎会等も行っていたため、彼ら等を通じていくつかの場所を訪問。まずはいわゆる商工会議所にある彼らの事務所で福岡でもビールを飲み交わした専務理事のマリウス氏にエストニア経済の最新動向をプレゼン頂く。余談だが彼らのビール好きは、来福時に超不便なトルコ航空を選んだ理由がビール飲み放題だったから、なんて話から知った。さらに余談だが、やけにガタイの良い来福スタッフの一人はバルト関の格闘技の弟子だ。閑話休題、エストニアの特徴は経済の自由度やビジネスのやりやすさ。例えば会社設立は海外からでも簡単に出来る。最短で20分以下という。法人税はなんとゼロ。またスカイプ発祥の地でIT先進国、特に日本で言うマイナンバー制度が、数十年先を行っており、医療情報はもちろんあらゆる個人情報がEガバメントで管理され、無駄なく有効に活用されている。そんな最先端の電子政府の様子は、エストニア政府が運営するe-Estonia で学べる。また、エストニア工科大学のイノベーションラボMektoryも訪問。ここは、ITやものづくりそして物流まで含めたあらゆる要素をぶつけ合い創造的なイノベーションを推進する場だ。世界中の企業が様々なプロジェクトに参加している。日本企業が極めて少ないのはわかっちゃいるけど残念。一方サムソンなんかはレクチャーが出来るほどの部屋まで提供し、最新製品の展示もぬかりない。こんな進んだ顔を見せるエストニアだが、実は最も大きな産業は、従来型製造業であり、その次が小売業・商業、不動産業と続く。大きく取り上げられるICT産業は、全体の6%に過ぎない。また2015年の実質経済成長率も1.1%と芳しくない。実際フィンランドとバルト三国をGDPで比較するとこんな感じだ。

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 (HP「世界経済のネタ帳」より)

バルト三国間はほとんど同じと言えるが、海を隔てたお隣のフィンランドは、なんと3倍程度の差がある。バルト三国はEU先進国よりは、アジアの開発途上国マレーシアに近いと言える。ただし、実際に訪れてみるとやはりアジアというよりは、ヨーロッパの先進国に近い。検証はしていないが、アジア諸国は大都市と地方の格差が極端なことも影響していそうである。とにかくこのようなGDP格差があるのだが、最近はアジアの様な高い経済成長率に無いのは、EU全体の経済状況に大きく影響されているからだろうか。因みに都市の規模で見ると、ラトビア・リガ70万人、リトアニア・ヴィリニュス50万人、エストニア・タリン40万人、フィンランド・ヘルシンキ60万人と首都でもコンパクトだ。いずれも多くの首都が巨大都市となっているアジアとは様相が大いに異なる。バンコク800万人、クアラルンプール160万人、マニラ1100万人、ジャカルタ1000万人、ハノイ750万人。なんか全然桁が違う。大使館では、近藤一等書記官よりレクチャー。夜には近藤書記官と、なんと福岡から初めて飲食店を出店する会社PECと結FUKUOKA STYLEからお二人を招待し、エストニアでは数少ない(3店舗目)日本料理店開店直前(9月20日オープン)の意気込み等を伺った。

タリン旧市街の街並みは中世そのままだ

タリン旧市街の街並みは中世そのままだ

タリン工科大学産学連携イノベーション施設を見学

タリン工科大学産学連携イノベーション施設を見学

〇リガ・ラトビアは、文化と風格あふれるスウィートな街だった。

ラトビア政府による経済セミナー

ラトビア政府による経済セミナー

実は実際訪れるまでは、どんだけ田舎やろうか、リガとか。なんもないっちゃろうね~とすこし軽く考えていたが、実際に来てみるといやまあとんでもない。素敵で立派な街だ。確かに人口規模ではバルト3国最大、また飛び道具的な見物である、アールヌーヴォー=ユーゲントシュティール建築群(あの戦艦ポチョムキンのエイゼンシュテインの兄弟で建築家ミハイル・エイゼンシュテインが凄すぎ)もいかしてる。街中の公園もかなり立派で美しく、旧市街の風格ある街並みと石畳も見応えたっぷり。おまけに夜は繁華街がとても賑わっていて、都会の雰囲気もある。ここではまず、日本大使館で藤井大使からラトビアの概況をお話し頂いた。翌日はたまたま帰国していたラトビア投資開発庁の日本代表である、アリナ・アシェチェプコワさんに、ラトビアの経済、また日本との意外な関係等についてお話頂いた。この出会いをきっかけに今年2月には、ラトビアのセミナ-を開催した。

リガには特徴的なアールヌーボー建築が溢れている

リガには特徴的なアールヌーボー建築が溢れている

リガでは他に今やノルウェーの企業に買収されたRAIMA社のチョコレート博物館を視察。ここでも交通機関の自販機でも英語ロシア語ドイツ語の多言語対応が行き渡っているのは、小国ならでは。また必ずドイツ語があるのもこの国の歴史を感じる。バルト3国の市民はトリリンガルが当たり前と言うから驚きだ。歴史、建築、産業、文化そして観光とタリンに勝るとも劣らない魅力的な都市だ。

リガの菓子会社のプロモーションは既にグローバルレベルに洗練されていた

リガの菓子会社のプロモーションは既にグローバルレベルに洗練されていた

〇シャウレイ-カウナス-ヴィリニュス・リトアニアでは、意外な驚きにあふれていた。

過剰な集積により観光地化した十字架の丘

過剰な集積により観光地化した十字架の丘

リトアニアについては、今回は時間の都合などで、移動・視察のみとなったが、何も歴史的な由来のないと言われるシャウレイの十字架の丘が、いつの間にか増殖・拡大していき、今や国際的な観光地に成長している様子は、歴史や文化と観光の関係を再考するきっかけとなった。ご存知杉原千畝の元日本領事館は、ボランティアで細々と運営されている様子。杉原の英雄的行動は日本人としては誇らしいが、たまたま飛行機で席を隣にしたカウナス育ちでグローバルに活躍している風のおばさんに、杉原のことを尋ねたが全く知らなかったのは少々残念だった。結局日本で日本人だけが盛り上がっているのだろうか。威張り散らすのもどうかと思うが、ある程度の宣伝もまた交流のきっかけとしても重要と思うが。そしてヴィリニュスに近づくと、そこには予想外の景観が広がっていた。近代的なビル群にグローバル企業の看板。最も田舎と思っていたリトアニアが、ちょっとしゃれた大都会の様相だ。実は、バルト諸国のIT企業の多くがリトアニアに拠点を置いており、GDPの約25%、輸出額の約80%をIT、レーザー技術、バイオテクノロジ、ナノテクノロジ、およびマテリアルサイエンスが占める等、リトアニアは産業面ではかなり先進国。グーグルやナスダックも拠点を置く等グローバル企業からも注目を集めており、新産業分野でも目が離せない。さらに今回は時間の都合で視察的なプログラムは無かったが、早朝に街をふらりと歩いただけでも、タリンやリガよりも勝るとも劣らない、美しい街並みと多くの歴史遺産を抱え、観光地としても十分魅力的。本当にバルト三国からは目が離せない。

〇サンクトペテルブルグ・ロシアは、どっしりと広がる重厚な芸術の都だ。

最後に、ロシアだが、こちらもフィンエアー乗り継ぎで1時間程、本当に便利だ。一夜にして作り上げられたとは思えないほどの規模と威容を誇るこの巨大な文化・芸術の街は、サンクトペテルブルグ港という拡張中の物流拠点を擁する。この港の視察については、大したつても無かったため、最後の最後まで、難航したが、訪問前日にやっと安心できる受入回答をもらえたような状況で、やはりロシアとの交渉はひと味違った。港湾の利用状況は、貿易の落ち込みから、特にコンテナが少ない様でヤードはガランとしていた。ただし、最新のクレーン設備など今後に備えた投資も続けているとのことだった。またサンクトペテルブルグの総領事館では、ジェトロサンクトペテルブルグの宮川所長のブリーフィングの後、福島大使、佐藤経済領事との意見交換会を行った。

〇バルト三国はEUの中のアジア?

今回バルト三国を廻りその魅力に触れた一方、それぞれの国に、ロシア、ポーランド、ドイツ等の他国の侵略・蹂躙の歴史が刻まれ、その苦難が多様な文化の源にもなっていることを知った。他国からの侵略がほぼ皆無の日本人には想像だに出来ない、複雑な歴史を抱えた国民について考えを巡らせた。そして、実は考えてみると、少し前までのアジアにおける中国や、東南アジアの国々が、正にバルト三国ではないか、と思い至った。アジアで、日本が、中国や東南アジアを蹂躙したように、欧州で、ロシアやドイツ等が、バルト三国を侵略した。その後の関係性においても、実は低いGDPと安い人件費で、周辺のEU等の先進国が、バルト三国の人材を活用し、安い物価で旅行や買い物を楽しむ関係性は、正に日本と日本以外のアジア諸国の関係ではないか。そうして見ると、バルト三国に対する見方も少し変わってくる。おそらく常に周辺の強国に脅かされ、様子を伺いながらも仲良くやっていかざるを得ない。そんな難しい立場にあるのではないか。美しく伝統的で魅力あふれる街並みを散々楽しんだ末に、次回はもう少し歴史を学んで臨もうと反省した次第。