「村上さん、ラオスには、確かに大したものはありませんでしたが」

〇ラオスとの出会い

僕も含め多くの一般ピーポーにとって、ラオスは本当に遠い世界だろうと思う。初めてラオスについて、知ったのは、福岡アジア美術館の仕事をしていた時で、この美術館は当時、世界でも類を見ないアジア21カ国・地域の近現代美術を系統的に扱うと言う、世界でも極めて特殊な環境にあったわけで、そんな中で、ラオスの美術家と交流する機会を得た。1999年に開催された福岡アジア美術館の開館記念展、3年に1度現代美術を紹介する「福岡アジア美術トリエンナーレ」に招かれたドーンディ・カンタビレィだ。この展覧会では、とにかくアジア全域を紹介することが一つのルールであったため、それぞれの国が置かれた現状を良く表している。現代美術はある意味、その国の文化の最先端とも言えるからだ。 そういった意味で、日本を始め多くのアジア諸国の作品は一般には、理解し難いとも言える表現形態、つまりまあいかにも「現代美術」であったのに対し、ラオスのそれは、極めて分かりやすく、童話の挿絵のような、素朴な絵画であった。また、福岡市民との交流事業でも、難解なコンセプトや説明を要するパフォーマンス等も散見されるなかで、彼のものはひときわ単純明快な紙芝居の制作、上演であった。つまりラオスには、先進国で言うところの現代美術が無かったのだ。ブータンもほぼ同様だったが、こちらは、仏教祭壇供物「トルマ」(バター彫刻)を創る僧侶を招へいした。こちらは、もはや美術家ですら無い。つまり、美術作品を観るだけで、アジア21カ国・地域の中でも特にラオスやブータン等については、かなり異質な国であることが分かるのだ。次にラオスについて、聞いたのは国際協力機構・JICAの研修を受けた際だ。ここで出合った日本人エンジニアはJICAのラオスでの支援事業に参加し、もうすっかりラオスの虜になっており、家を建ててラオスで暮らすことを決めたと言う。 そんなわけで、僕のラオスイメージは、のんびりした楽園のような国なんだろうなあ、ってところだった。一方で、ラオスの美術家が病気に罹り、日本なら助かるのに、ラオスでは医療機器が無く、国内では処置出来ず、寄付を募るといった事もあり、先進国のありがたみもひしひしと感じたのだった。DSC07239

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賑やかな夜と静かな朝のメコン河畔、対岸はタイ国

〇まさに、ビエンチャンの土を踏む、初上陸の夜

そんな、近くて遠い国ラオスに、期せずして行くこととなった。と言っても、実は東南アジアなのに、全然近くない。直行便が無く、乗り継ぎが悪いため結局ヨーロッパに行けるほど時間がかかってしまうのだ。福岡を朝出て首都ビエンチャン到着した頃にはもう真っ暗。ラオスなんだけど、中華料理店で夜食を頂き、ホテルはメコン川沿いってことで、メコンに向かう。そしてなぜか、川まで行かずにバスはストップ。夜のリバーサイドは賑わい、人通りが多いため、バスは入れないと言う。未舗装のガタガタ道に下ろされ、ガタゴトスーツケースを引き摺りリバーサイドに来てみると、景色一転、そこはもうきらびやかなリゾート地だった。川沿いにはずらりとホテルや居酒屋が並んでいるだけでなく、川辺側は見渡す限りオープンパブの様相で、カクテルバーやバーベキュー、なんでもござれ。ステージではノリノリのバンド演奏が繰り広げられ、こんな祭り状態が毎晩のように続いているらしい。ホテル内の白壁には巨大なかべチョロが張りついたり、ドアなどの建具の木工がやけに豪勢で美しかったり、普通クラスのホテルでもなかなかにエキゾチックな情緒漂う環境だ。

〇最先端ファッションショー「FACo イン ラオス2015」開催

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福岡からやってきたアイドルグループ”LinQ”に会場は熱狂

今回のメインイベントは、福岡やアジアで毎年開催しているファッションショーFACo(福岡アジアコレクション)のラオスでの開催だ。これは日本ラオス外交関係樹立60周年を記念して、国際交流基金や在ラオス日本大使館等で組織された実行委員会が主催する、Japan Festival 2015の、メインイベントとも言えるもの。何でも、ラオスでこんなに本格的なファッションショーを開催するのは、これが始めてとのことで、期待も膨らむ。JAPAN FESTIVAL二日目、会場の雑踏は初日とは比較にならないほどごった返していた。着物でお出迎えするラオスの女性達や、まさかラオスでまで出くわすとは思いもしなかった、アニメのコスプレを披露する若者達などで、既に会場は熱気でムンムン。そしていよいよ、日没が近づくと、薄闇のビエンチャンに、おそらくはこれまでなかった様な轟音がドスドスと響き渡った。こののどかな楽園に突如として出現した、リズミカルに光輝く最先端のステージは、一瞬唖然とした観客達を、瞬く間に陶酔と熱狂の渦に巻き込んで行く。いよいよ「FACo IN LAOS 2015」の開幕だ。 まずは、博多祇園山笠など、福岡のイメージを強烈に印象づけるビデオ映像が巨大スクリーンに映し出された。そして、次々に登場する、ラオスで選りすぐられたモデルやゲストも、まるで男性の欲望をそのまま実体化した美の女神の様に美しく魅力的なミスラオスをはじめ、軽快なトークで観客達をがっつりつかむアーティストなど、見応えもたっぷり。ステージでは、福岡/日本の最先端ファッションだけでなく、福岡とラオスのデザイナーが国境を越えコラボした、ラオシルクを使った斬新な衣装などが披露された。そしてついに、はるばる福岡から、連れて行った、アイドルグループLinQの登場。初めて見る日本のポップカルチャーに最初は戸惑っていた観客達も、おっかけのファングループ(なんとタイからやってきたらしい!)達の、余りに熱心、いや無心とも言えるような熱狂的な応援と、そしてなんと言っても、アイドルの少女たちの本当に楽しそうで一生懸命なパフォーマンスに徐々に感化され、最後には会場が歓声と拍手の渦に包み込まれた。 なお、在ラオス日本大使館からの速報だが、ジャパンフェスティバルは、概算で11,000人(初日2,000人、2日目4,500人、3日目4,500人)を集め大盛況だったとのことで、これは、2日目に開催された、今回のジャパンフェスティバルを際立たせた最大の目玉イベント「FACo in Laos2015」の効果が大きかったとのこと。

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ラオスのシルク素材で作られた、ラオス・福岡コラボファッションを纏うミスラオス

 

〇大使公邸に潜入!

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大使公邸での昼食会は純和風だ

このイベントは、国際交流基金アジアセンターや(一社)東京倶楽部の助成をはじめ在ラオス日本大使館等現地の方々等の協力により実現出来たわけだが、今回はその中でも現地で精力的に動いて頂いた、在ラオス日本国大使館の大使公邸昼食会に招かれた。極めて穏やかで安全な国ラオスだが、さすがにここでは物々しい警備のゲートが行く手を阻む。大使館員と同行していたにもかかわらず、なぜか厳しいセキュリティチェック。そして無事メコン河畔の大使公邸に到着。小国ラオスといえども、大使公邸ともなれば、日本国の全権を委ねられた代表者の居所だ。居間には天皇皇后両陛下の肖像写真が飾られるが、これは大使の信任状が国家元首(天皇)から託されるためだろうか。豪華なゲストルームでは、純和風の、恐らくラオスではここでしか食することの出来ないような、本格的な日本料理が振る舞われた。ゆったりとした会食の後には雄大なメコンを望む大使館庭園で岸野大使閣下を囲み記念撮影。ちなみにメコンは乾季になると肥沃な川底が広がり、広大な無料耕作地が出現、そこかしこに畑が造られる、もちろん無断で。そして対岸はタイ王国。なんてのどかな国境地帯だろうか。

〇ドキドキ驚きのナムグムダム

 ビエンチャンからバスで北上すること約2時間。その間車窓からは、本当に過去にタイムスリップしたような、のどかな村落の風景が延々と広がっていたが、その道々、90年前にフランス軍が建設した鉄製の橋が未だに現役であったり、ベトナム戦争時に米CIA等が極秘で主導していたモン族の特殊部隊の不幸な命運、そして米軍による未曾有の不発弾を未だに抱えるラオスの闇の歴史にも触れながら、複雑な心境になっていく。余り知られていないが、ラオスは、歴史上、人口1人当たりの爆撃が最も多い国である。第2次インドシナ戦争後8000万個の不発弾が残され、戦後も不発弾で数万人が死亡し、いまも多くのこどもを含む人々が命を落とし続けている。声を上げる力が無いためか、某国の圧力かは知らないが、カンボジアやベトナムの様には、一般に知られていない。

一方で現在においては、例えば道路脇にいきなり出現する、豪華な巨大ゲートは何かと訪ねると、中国が造ったカジノリゾートへの入口だったりする。

有名な麻薬の栽培地ゴールデントライアングルでは、中国が外国であるにも関わらず、経済特区を作り、カジノでの賭博や売春などで話題だが、こんな所にも中国はカジノを造っているようだ。過去に欧米列強から租界を作られた記憶が新しい中国にとっては、当然のことなのだろうか。また、首都ビエンチャンに立つ国際会議場や博物館、文化会館などの豪華で立派な建築物はほとんど中国が建造しており、現地ガイドによると既に住民の半数近くが中国人になっている気がすると言うし、中国による、中国からラオスを通過して、タイに至る高速鉄道の建設が本決まりになったらしく、今後この国は一体どうなっていくのか、一抹の不安が残る。

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国際会議場や博物館など豪勢な建物はほとんどが中国によるもの。
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ビエンチャンで最も立派な建物は、今や世界最大の中国工商銀行。まるで英国が香港に置いたHSBCを模したように進出し今やHSBCを超えた。ロゴが似ているのは気のせいだろうか。

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中心部の大通り以外はほとんど未舗装だ

そんなラオスの近現代史の中でも、ナムグムダムの歴史は日本人としてなかなかに誇らしいものだ。熊本出身のエンジニア久保田豊が発案しその当初の建設を指導したと言うこの建造物、下から見ると何の変哲も無い普通のダム。ビエンチャンから2時間もかけて来たのに、と訪問団員もがっかり。日本人が大きな役割を果たした証拠の碑も結局確認出来ず、あわやブーイングの嵐。僕たち事務局・添乗員ともに平身低頭で泣きそうになりながら、昼食会場に向かうその道すがら、峠の木々の間からとてつもなく壮大な景色が眼前に開けたのだ。慌ててバスを止めてしばしその雄大な景色を堪能。まるで大海に浮かぶ松島にも比すべき絶景。対岸はもはや遠すぎて消失するほど。こんな巨大なダム湖は日本には存在しないだろう。琵琶湖に匹敵する規模だ。そしてこの景色のおかげで今回の小旅行も名誉挽回。このとてつもない水量が、今やラオスの主要産業となった水力発電を支えているのも納得。ちなみに、ビエンチャンの真ん中を通る主要道路も日本が建設したものだそうで、日本は土木系の支援に強いのだろうか。しかしながら主要道路以外はまだまだ未舗装状態であり、今後の舗装需要は限りなく伸びそうだ。といっても現状でも桁違いの中国の進出を見ている限り、今後の開発支援は完全に中国の影響下で進められるのではないかと感じた。DSC07528

レストランより望む巨大ダム湖

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絶景のナムグムダム湖畔レストランで昼食

〇小便器を見て思ったあれこれ

 慌ただしいビエンチャンでの行程を終えると、次は欧米人が最も行きたい観光地にも選ばれたというルアンパバーン。ここは、あの村上春樹に「ラオスにいったい何があるというんですか?」(村上による旅行記、2015年出版)とまで言わせ、同著書の表紙にも選ばれた話題の土地。ビエンチャンから、ラオスの国花プルメリアで彩られたラオス国営航空でひとっ飛び、そこは、知られざる注目の観光地、古都ルアンパバーンだ。まあ、日本人には余り知られてないが、おそらくは欧米ではかなり前から大人気なのだろう。観光スポットは白人で溢れていた。

 実はちょうどこの頃フランスでのテロ騒ぎで、ヨーロッパ等への旅行者が激減してたときだったのだが、ビエンチャンの国内線のセキュリティチェックは最強で、たまたま手元にあったペットボトルの水をそのまま、コンベアのトレイに乗せてしまったところ、入口のお兄さんは何も言わず、出口のお姉さんは、疲れた様にうつぶせたまま、こちらを見ることも無く、出口を指さされ、めでたく何のおとがめも無く通過。だいたい警察官はみんな夕方にはうちに帰り、ビールを飲んで、バイクで出かけていると言う位だから、平和この上ない。殺人事件がほとんど無いと言う希有な国だ。テロなんてどこ吹く風だろう。

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DSC07564よりによって、なぜこんな所でご飯を炊いているのか?もしかすると単なる電気泥棒か

またラオスで多くの日本人男性が戸惑うことの一つに小便器問題が挙げられる。ラオスで対面した全ての小便器の位置が不自然に高いのだ。意地悪な程高いのだ。自分の短足加減を思い知ることとなる程高いのだ、これはそんな短足への戒めや、もちろんラオス人が足長族なためでもない。勘の良い方はおわかりだろう。つまり全て足長欧米人がスタンダードとなっているからなのである。便所ネタついでに、ラオスのトイレについて、未だ解決出来ていない謎が、写真のものだ。それは、トイレの中で炊飯器の様な鍋のような料理を作っている場所が、何カ所もあったこと。なぜ彼らはトイレで料理を作っているのか。この謎は未だ未解決のままである。これは欧米スタンダードとは関係なさそうだが。

そんな気持ちであらためて街中を眺めると、洗練されたカフェや美しく飾られた街並みは、バリやタイなどの一部のエリアの様に、世界中に点在する国際的な観光リゾートそのものだ。本当に素晴らしく整っており、ホテルも途上国のものとは思えないほど充実。夜のマーケットやしゃれたレストランにしても、楽しく魅力的で居心地が良い空間が広がっている。結局世界で人気のある観光地は、欧米スタンダードに標準をあわせて、作られた街なのだ。またメコン川クルーズやサンハイ村での蒸留酒造り、天然素材を鮮やかに染め上げた織物で人気なサーンコーン村など恒例の見どころと、朝と夜それぞれ特徴のあるマーケットの喧噪。そして托鉢体験など、なかなか余所では体験が難しい異国情緒たっぷりで、忘れることの出来ない思い出深い旅が経験できる場所でもあった。しかし、ラオスになにかすごいものがあるのかと言われると、言葉に詰まる所ではあるが、たいした物がないからこそ、時間の流れがとてもゆるく、人々ものんびりと優しい気持ちになれる。人の物を盗ったり盗られたり、騙したり騙されたり、この国にいるとそんな邪な考えを抱けなくなることも分かる気がする。一度行くとやみつきになる人が多いという。喧噪にまみれた現代人だからこそ、無いものを求めてこの国にたどり着くのかもしれない。疲れたあなたにこそ、是非一度は行って欲しい桃源郷である。福岡貿易会K.Y.

托鉢

早朝の托鉢体験