猛進する釜山はどこに向かうのか?

◆韓国・釜山はいったいどうなっているのか?

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韓国を訪問するのは、2年ぶりだった。これまで、仁川、ソウル、浦項、そしてもちろん釜山などいくつかの都市を調査訪問してきたが、大ざっぱな印象として、中国の大都市と同様に、大規模な投資と急速な発展、都市間競争の熾烈さといったものをいつも感じていた。始めの頃は、単純に、すごいなあ!といった感嘆であったが、徐々に、どうしてこんなことが?から、いつまで続けることができるんだろう?というちょっとした疑心暗鬼に変わってきた様に思う。今回の訪問でも、すごいなあ、と同時に、大丈夫かなあ?といった疑問もわいてきた。そこで、まず、韓国・釜山の現状を、基礎データを集め、日本・福岡市と比較してみた。するといくつかの意外な事実が見えてきた。
まずは人口である。定期的に釜山を訪れてその発展ぶりを目の当たりにしている人々には少し意外かもしれないが、実は釜山の人口は2000年頃をピークに減少し続けている。そこで、良く言われるのが、ソウルへの人口流出である。多くの人が仕事を求め釜山から、ソウルに移動していると言うのだ。それ自体は間違いないだろうが、データを見ると、それだけではないことが分かる。

人口比較

実は、韓国全体の人口は、微増しているのだが、ソウル市の人口はほとんど変化していないのだ。つまり、地方の人口が単純にソウル市に集中している訳ではないことが見て取れる。おそらく都市圏などまで含めて詳しく見ていくと実態が浮かび上がるのだろう。しかし、韓国第2の都市であり、華々しく高層ビルが建ち並び、世界第5位の貿易港(今や博多港の20倍規模!)を擁する釜山市が、韓国全体としては人口が増加しているにもかかわらず、人口が減り続けているのだ。
次に経済状況を概観してみた。ここでも意外なデータが出てきた。抽出・比較したのは国内総生産額と市内総生産額である。

総生産比較

これで、まずわかるのは、釜山市の総生産は既に福岡市とほぼ同じとなっていると言うことである。成長率を勘案してみると、既に追いつかれている可能性も大きい。一方、韓国全体での総生産の伸び率に比べると、釜山市の伸び率がそれほど大きくないと言う事実も見える。

福岡市はここ10年ほとんど変わっていないが、日本国全体では減少傾向である。データの集め方まで精査していないので、単純には比較できないが、約2.5倍の人口規模であり、世界第5位の貿易港(もう日本で太刀打ちできる港はない)を擁する大都市の総生産がどうして福岡市と同じなのだろうか。そこで、東京都とソウル市を含めて、ひとりあたりの総生産額を2012年を基準に調べてみると下の表のようになった。

釜山ひとりあたり総生産額

◆大発展を続ける釜山広域市!?

一見して分かるとおり、福岡市や東京都は日本国全体平均よりも、ひとりあたり総生産額が大きい。東京都などは約2倍である。一方釜山市はと言うと、全国平均の65%である。またソウル市が韓国全体平均とほとんど変わらないのも意外である。これは、一体どういうわけだろう。詳しく分析しないと何とも言えないが、まず、韓国の人口の多く(半数近く)がソウル都市圏に集中しており、これが全体の総生産額平均を引き上げているのかもしれない。そして、釜山市の主要産業である製造業や小売業などは、中小企業がほとんどであり、韓国は、日本と比較した場合の中小企業の労働条件が悪い(大企業と中小企業の格差が大きい)といったことも影響しているのかもしれない。

今回の調査は、詳細なものではないが、韓国国内のGRDP(域内総生産)については、韓国政府がまとめているデータベースを元にしているため、基準はある程度統一されていると考えられるが、ソウル都市圏への企業や人口の集中度からすると、どうも信憑性が疑われる。釜山市については、ここまでひとりあたりの総生産額が低いとは信じがたいが、それほど高くないと言うことは言えるだろう。

◆釜山創造経済革新センター

前置きが長くなったが、ここまで釜山市では人口が減少しつづけていること、また釜山市の産業構造や韓国の企業の成り立ちからなのかは不明だが、ひとりあたりの生産額が韓国全体に比して低いと言うことが分かった。人口減少の理由は不明だが、より収入の良い仕事を求めて、外に出て行くのは、どの国でも同じだろう。この大都市の、一見発展を続けるド派手な外観からは、想像し難いが、釜山市もこれらを深刻な問題と考えているようだ。そのため、産業構造の改革を大きな課題としており、今後は、海洋産業、融合部品素材産業、創造文化産業、バイオヘルス産業、知識インフラサービス産業などと言った高付加価値型産業を、製造業に取って代わる主要な産業に育成していこうと務めている。

釜山創造経済革新センター(全体)

釜山創造経済革新センター(全体)

そんななかで今年度できたてほやほやの組織・施設を視察した。ここは、朴大統領の指示により、全国17箇所に一斉に設立された組織の一つである。基本的にはグローバルに展開出来る商品価値・付加価値の高い商品・サービスを生み出すイノベーションのための地方産業創生組織だ。特に釜山の特徴は、釜山国際映画祭などを中心に映像産業を振興する釜山市ならではの映像コンテンツ分野の振興はもとより、流通企業のロッテが中心となっているため、流通サービスの革新などにも力を入れる。年間2億円運営費については国と市が折半しているという。

釜山創造経済革新センター(ロッテが運営するCMスタジオ)

釜山創造経済革新センター(ロッテが運営するCMスタジオ)

この組織の特徴は、全国17箇所すべてのセンターが、それぞれ異なる大企業グループと共同して、運営をしていることで、スタッフの派遣はもちろん、釜山においては施設・設備・内装などはロッテが提供しており、ここで最も特徴的なテレビCMスタジオと、そこで制作したCMの放送や商品の流通、販売までもすべてロッテが責任を持って運営しているとのことで、設立されたばかりにもかかわらず、既にこの仕組みを使って宣伝・販売をした地場企業の商品が、億単位の売上を達成しているということだった。

釜山創造経済革新センター(大型の3Dプリンターも設置)

釜山創造経済革新センター(大型の3Dプリンターも設置)

このあたりの仕組みは、財閥系の大企業が極めて大きな力を持っている韓国らしい取り組みである。またはやりのIoT(もののインターネット)基盤スタートアップ育成、も主要な3機能の一つとなっている。つまり、流通、映像、IoTスタートアップの三分野のイノベーションを推進する組織・施設である。なお、総額230億円ものファンドを有しており、有望な商品や企業、映像作品への投資も行っていく様である。写真の様に大変スタイリッシュで広大な空間・施設であり、22人ものスタッフが働いているとのこと。3名の弁護士も常駐していた。
ただ、オープンしたばっかりだったかもしれないが、利用者が少ないがらんとした空間は、おしゃれなだけにとてももったいないと感じた。唯一100名程度の若者を集めて講義が行われていたので、これは何かと訪ねた所、釜山国際映画祭のボランティア説明会であった。なお、すべての施設・設備は基本的に無料で使用できるとのこと。6ヶ月間無料のインキュベーションのオフィスも複数準備しておりなんとも恵まれた環境である。

釜山創造経済革新センター(AV視聴室)

釜山創造経済革新センター(AV視聴室)

 

◆そして、釜山スタートアップカフェ

釜山市の他都市ベンチマーキングの勢いは、本当に見習うべきだといつも感心する。釜山市ではベンチマーキングの意味が、比較検討ではなく、良いと思ったらそのまま実行すること、なんじゃないだろうか。つまり、とりあえずやってみよう!というあれ。釜山国際映画祭も、アジアフォーカス福岡国際映画祭の“ベンチマーキング”で始まり、今ではアジア有数の巨大映画祭となった。

釜山スタートアップカフェの全貌。泊まり込みのアイデアソン開催中でテントが張られていた。

釜山スタートアップカフェの全貌。泊まり込みのアイデアソン開催中でテントが張られていた。

今回はスタートアップカフェ。だいたいいつも、福岡と同様の事業を立ち上げるときは、より大規模で良いものを創られるのが鉄則のようで、これもしかり。福岡のスタートアップカフェが去年の10月頃オープンしたが、釜山版は1年も経たたず、7月にオープン。しかも既に2号店も今年中に開くとのこと。3号店の計画まであるそうだ。仕事のスピード感がとても敵わないのは、企業でも政府でも同じなのだろうか。

熱心に意見を出し合う若者達

熱心に意見を出し合う若者達

さて、釜山スタートアップカフェだ。まずはその敷地の広大さに驚かされる。街中の公園の一部を活用し、野外の地下空間を大きくくりぬいた大胆な設計となっている。訪問時にはちょうど、TENKER と言うイベントを開催中だった。これは“Tent”と“Bunker”を掛け合わせた造語だが、本当に敷地内に大量のテントを設置し、泊まり込みで24時間の、創業アイデア競争を繰り広げるもの。
全国から集まった高校生から大学生までの若者250人が参加した、熱気溢れるイベントだが、なかなか街の真ん中で、こんな贅沢な事業を実施出来るものではないだろう。そもそも敷地がない。この新たな施設や組織にしても、イベントにしてもとにかく恐れ入る内容である。スタッフは5人が常駐、アドバイザーが20人、メンターが70人とのこと。オープンしたてで、まだ真価を問う段階ではないが、福岡市としても逆ベンチマーキングをして、注視しておくべき場所かもしれない。

福岡の何倍もあるカフェ空間、これ以外にも複数の部屋がある。

福岡の何倍もあるカフェ空間、これ以外にも複数の部屋がある。

 

 

 

◆そして彼らはどこへ向かうのか

今回の施設に限らず、釜山市には、最先端のおしゃれでクリエイティブな施設・組織が毎年続々と設立されている。福岡は完全に追い越され、釜山市は今や見習うべき先進都市の様相を呈している。しかし、彼らの努力にもかかわらず、韓国の経済状況は以前ほど好調ではなく、特に問題になっているのが、若者の就職難である。
最高学府のソウル大学卒業生でも6割ほどしか就職出来ないと言われるほどである。今や9割以上が大学に進学しているという異常な高学歴社会も問題である。大企業と中小企業の格差がとてつもなく大きいため、大卒者は大企業を目指すが、そもそも大企業の求人数は少なく、かといって条件の悪い中小企業には勤めたくない。そこで、最近では海外の企業を目指す学生も多いと言う。というかむしろ日本が過去にブラジルなどに政策的に日本人を送り込んだように、韓国政府が政策的に海外に学生を送り込もうとしている。
つい先だっては駐福岡大韓民国総領事館からの依頼で、釜山で開催される大学生の就職斡旋事業に参加する九州・福岡の企業を紹介し(旅費は韓国政府負担!)、今回参加した会議でも、ソウルからやってきた韓国貿易協会の事務総長からは、会議終了後に、福岡の企業による韓国大学卒業生の雇用の可能性について、かなり詳しくヒアリングされ、是非一度福岡に来て現地企業の声も含め調査をしたいとの話があった。これらのことからしても、韓国における大卒生の就職の問題は相当に深刻化している事が分かる。韓国経済の好調は完全なグローバル企業となった、財閥系大企業が支えており、多くの中小企業は、その恩恵に預かっていない。そして釜山などの地方都市は大都市であっても、中小企業から成り立っているのが現実だ。だからこそ、次々と新たな企業・産業支援組織・施設を設置しており、また創造経済革新センターの様な大企業が中心となった地方産業振興施設が出来てきているのだろう。
しかし、韓国のこの苦境は日本も人ごとではない。これまでは日本の中小企業の層が大変厚く、また大企業との格差も小さかったが、次第にこの強みも中小企業いじめとも思える政策により、弱体化していく可能性がないとも言えないのだ。このような韓国の現状を見るにつけ、日本の宝である中小企業を守ることが、いかに重要かを考えさせられる旅であった。

◆おまけ
実は、今回の視察先で最も興味深かったのは、ちょっとした観光的な視察先であった「国立海洋博物館」だ。まあ、前に紹介した釜山市の「映画の殿堂」とごとく、例によってとても印象的な建築物で、このあたりはビルバオのグッケンハイム美術館あたりを”ベンチマーキング”しているのかもしれない。

巨大で充実した展示内容を誇る国立海洋博物館

巨大で充実した展示内容を誇る国立海洋博物館

そんなことよりもなかなかに衝撃的だったのは、入ってすぐの特別企画展だ。これはある島の写真展なのだが、鋭い方はもうおわかりだろう。そしてそのタイトルがなかなかにすごいのだ。僕は韓国語がさっぱり分からないのだがこれは、日本で開催していれば「島根県 隠岐郡 隠岐の島町 竹島1-96」といった様なタイトルになっていただろうが、開催地は韓国なので韓国における独島の住所がそのまま展覧会のタイトルとなっているのだ。パンフレットにはしっかり「国立海洋博物館は“我らが海、われわれが未来”というコンセプトで航海船舶、海洋文化、海洋科学、領海、海洋生物など海洋に関するすべての分野に行きわたる海洋博物館です。」とある。
視察中には多くの児童・生徒たちが訪れていたが、もしかすると子どものころからしっかりと領土の教育もされていたりするのだろうか、と感心したものだ。いずれにしても、かなり充実した施設であり、絶景の海辺に位置していることもあり、通常の観光地としても大変おすすめです。福岡貿易会K.Y.

なかなか大胆なタイトルの展覧会

なかなか大胆なタイトルの展覧会

 

 

参考資料)福岡市HP、釜山広域市HP、ソウル特別市HP、総務省HP